最高裁判所大法廷 昭和22年(れ)246号 判決 1948年5月12日
主文
本件上告を棄却する。
理由
辯護人古川豐吉上告趣意書は「我憲法第三十八條第三項ニハ「何人モ自己ニ不利益ナ唯一ノ證據ガ本人ノ自白デアル場合ニハ有罪トサレ又ハ刑罰ヲ科セラレナイ」ト規定セラレ国民ハ基本的人權トシテ自白ヲ不利益ナ唯一ノ證據トシテ有罪トサレ又ハ刑罰ヲ科セラレナイコトヲ保證シテ居ル、而シテ第十一條ニハ「国民ハスベテノ基本的人權ノ享有ヲ妨ゲラレナイ」コト並ニ「コノ憲法ガ国民ニ保障スル基本的人權ハ侵スコトノ出來ナイ永久ノ權利トシテ現在及將來ノ国民ニ與ヘラレル」コトヲ規定シテ居ルカラ此ノ基本的人權ハ現在及將來ノ国民ニ與ヘラレルモノデアリ從ッテ憲法ノ施行ト同時ニ現在ノ国民ニ與ヘラレ其ノ時カラハ此ノ基本的人權ニ背反スル裁判ハ許サレナイ、原判決ヲ見ルニ上告人ノ原審公廷ニ於ケル自白ヲ唯一ノ證據トシテ有罪ノ判決ヲ下シテ居リ之レハ明カニ憲法ノ規定ニ違反スル、其ノ詳細ハ左ノ通リデス一、原判決ハ其理由第一ニ於テ上告人ハ(一)昭和二十一年十月一日頃指田五郎外二名ト共謀シ配島栄一方デ同人所有ノ毛糸二十五束衣類等合計約三百六十五點ヲ窃取シ(二)同年十一月十八日頃東京デ知合ッタ關根光圀外二名ト共謀シテ湯沢博方デ同人所有ノモーニング一着外洋服衣類等約六十點ヲ窃取シタ事実ヲ認定シ之レガ證據トシテ配島栄一、湯沢博提出ノ被害上申書(原審第二回公判調書ノ後部ニ綴込ミアリ)ヲ擧ゲテ居ルケレドモ右上申書ハ何レモ作成者ノ住所ノ記載作成ノ年月日ノ記入モナク第一審裁判當時ニハ存在セズ又原審ノ公判廷ニ於テモ展示セラレナカッタモノデアルカラ其ノ成立ヲ疑フニ足ルベキ證據力ノナイ文書デアル、然ルニ原判決ハ採證ノ法則ヲ誤ッテ之レヲ證據トシタ違法ガアルカラ上告人ノ自白ヲ唯一ノ證據トシテ有罪ノ判決ヲ下シタモノト言フベク原判決ハ破毀ヲ免レザルモノト信ズル」というにある。
所論配島栄一及び湯沢博の各被害上申書には、その作成の年月日が記載されていないことは、正に所論のとおりであるが、作成者である同人等の住所及び氏名はともに明記されている。本件盜難被害上申書にその作成の年月日の記載がないからといって、直ちにその上申書は無效であるとか、これに證據力を認めてはならないとかという理由はない。けだし、刑事訴訟法第七十三條には、官吏又は公吏にあらざる者の作るべき書類には年月日を記載し署名捺印すべしと規定されているが、この年月日の記載がないときはその書類を無效とするという規定はないのであるから、裁判官は諸般の證據によって、その書類が真正に成立したかしないかを自由に判斷するを妨げるものでないからである。苟くも、その書類が真正に成立したものと認められ、且つ、その内容が信用するに足るものである以上、これを證據として採ることは、事実審である原審の自由裁量權に屬するところである。なお原審第四回公判調書の記載によれば、各被害上申書はいずれも適法に證據調が行われていることが明らかであるから、原判決には、所論のように證據調をしない證據を罪證に供したという違法もない。そして原判決は所論第一の(一)及び(二)の各窃盜事実を認定するに當って、證據として被告人が原審公判廷においてした被害金額の點を除く外判示と同旨の供述、すなわち、被告人の自白と右被害上申書とを綜合して、これを認めているのである。從って本件全體としては被告人の自白だけを唯一の證據として有罪を認定したものではない、原判決には何等所論のような憲法違反はない。されば論旨は総て理由がないものである。よって裁判所法第十條但書第一號、刑事訴訟法第四百四十六條により主文の通り判決する。
この判決は裁判官全員の一致した意見によるものである。
(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上登 裁判官 栗山茂 裁判官 真野毅 裁判官 庄野理一 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎)